九重高原鉄道再建日誌(1)

*写真をクリックすると大きく見えます。

    

2006/12/17

九重高原鉄道存続への道
 1998年12月に九重高原鉄道が開通し、ちょうど8年になりますが、最近はほとんど列車の運行が休止したままです。いつも、オフ会が近づくと、あわててレール磨きをするありさまでした。前回のオフ会などは、ナガウラさんがパイクを持参していただけたので、そのレール磨きさえさぼってしまいました。このままでは運行再開のめどがたたず、経営の負担になってしまっています。
 そこで会社としては、豊後鉄道に経営資源を集中し、九重高原鉄道は廃止したいとの方針を打ち出し、地元の自治体や住民との調整にはいりました。しかし、地元住民からは足として残して欲しいとの要望が強く、再度存続の方法を探りました。
 列車の運行されない理由は、レギュラーゲージの豊後鉄道が、ほとんどメンテなしに随時運行でき、しかも運行も電源スイッチをONにするだけで手放し運転が出来るのに対し、ナローの九重高原鉄道はあまりにもメンテに手がかかり、社長が嫌気がさしてしまったことにあります。そこで、メンテなしで走る鉄道に改善できないかと検討が重ねられました。
 メンテのかかる理由は車両と線路の双方の保守にあります。車両については、ほとんど改善の余地はありませんが、線路について言えば、次のようなことが問題となっていることが浮き彫りになってきました。
1.ポイントが電気的、機械的に走行の支障になる。
2.勾配があるために、運転中コントローラーのつまみを持っていなければならない。
3.トンネルの中の線路のクリーニングがしにくく、中でトラブルが発生した場合に、面倒なことになる。
 そこで、前向きに検討した結果、クジュウの選択でしたが、これらの問題点を解消する方向で、なんとか九重高原鉄道を存続させるという結論に至りました。
 工事の予算や期間を小さくするために、元の地形や名物のアーチ橋などはできるだけ残し、トンネルも勾配もポイントもない、単純なエンドレスだけの鉄道に生まれ変わらせることにします。

2006/12/18



ストラクチャーの撤去
 まずは図面を描くべきなんでしょうが、めんどくさいので省略します。人に頼むわけでもないので、自分の頭の中にある図面だけでいいかと思っています。
 九重高原鉄道は、社長が現在の住まいに引越しし、豊後鉄道を建設した際に、豊後鉄道のレイアウトにがっちり組み込まれたため、切り離して動かすのは容易ではありません。この位置のままで、荒い仕事も進めることにしました。
 とりあえず、車両、人形、ストラクチャー、立ち木などを撤去しました。ただし、テーンテーブルと石炭置き場だけは廃墟風に残そうかと思い、そのままにしています。

2006/12/19



レール、プラットホームなどの撤去
 バラストを木工ボンドで固めているので、これを剥がすために、ポットで湯を注ぎました。湯が下に垂れるので、板やタオルを敷いています。
 カップヌードルより長く、30分くらい置いておいて、ボンドがふやけたところでドライバーでレール、バラストもろとも剥がしました。
 部屋中砂だらけになって掃除が大変でした。
 できたらレールは生かしたいと思いましたが、枕木がとれたり、捩れたりして、こんなのを再利用すると脱線の原因になりかねないので、剥がしたレールは全部捨てました。
 ターンテーブルにつながる一本のヤードだけ、残しておきました。在りし日の九重高原鉄道が偲ばれる…なんていう情景になるかな。

2006/12/20



路盤の切り出し
 レールはPECOのHOe用を使いますが、そのレールを乗せる路盤を4ミリのベニヤ板で作りました。いつも真鍮板を切っている糸鋸の刃を木工用のものに張り替えて切りました。金属板を切ることを思えば、こんなに大きいものでも、あっという間に切れますね。
 豊後鉄道の背景を作るときに使ったベニヤが残っていたので、それを使いました。ベニヤ板の大きさが十分でなかったので、2本を継ぎ足すことになりました。
 下の写真は、仮にレイアウト上に置いて様子をみたものです。いいようですね。

2006/12/21

路盤の設置
 切り出したベニヤの路盤を設置しました。高架部分の足は木片です。
 全て、木工ボンドで接着しました。
 水平度のチェックですが、路盤の上に1メートル金属定規を置いて、その上を一番転がりのいいトを転がしてみて、どちらの方向にも同じように転がるように路盤の足の長さを調節しました。

2006/12/22

レールの敷設
 PICOのHOe用、コード80のレールを使いました。少々オーバースケールですが、しっかりしていて、トラブルの心配もないので、これにしました。
 枕木の真ん中に0.5ミリの穴をあけ、木工用の細い釘で路盤に止めました。後で色を塗れば、釘の頭はほどんどわかりません。このへんが私は雑なんですね。
 ご覧のような単なるエンドレスだけですから、ギャップを切ることもなく、敷設は簡単に終わってしまいました。
 写真のあと、レールの繋ぎ目の枕木の空いたところに、ニッパで切った枕木をゴム系接着剤で貼り付けました。

2006/12/23

レールへの配線
 まず、従来のポイントマシンや配線コードを全て取り外しました。
 次いで配線ですが、単なるエンドレスなので極めて簡単なのですが、念のためにジョイナーでつないだレール毎に直接配線しました。エンドレスは、1メートルのレールを4本使い、50ミリほど余りました。旧九重高原鉄道はエンドレスのレールが一周7メートルほどあったから、ずいぶん短くなりました。
 0.5ミリの真鍮線に配線コードをハンダ付けし、路盤に開けた穴にコードを通し、真鍮線の先端をちょっと曲げて各レールにハンダ付けしました。外側レール、内側レールとも各4本づつコードが付きましたが、それらをそれぞれ束ねてラグ板にハンダ付けし、パワーパックの端子に止めて出来上がりです。
 さっそくCコッペルをレールに乗せ、走らせましたが、脱線転覆の心配はありません。あたりまえです。でも、旧九重高原鉄道と違って、放っておいても勝手にぐるぐる回って走ってくれるのは嬉しいですね。あゝ、これこれ、と一人で悦に入っています。