レイアウトについて

 

1.九重高原鉄道の歴史

  サラリーマンの転勤族で引越しの問題があるにもかかわらず、レイアウトの製作を決意し、1998年6月に着工し同年12月に完成しました。



(1998/12〜2002/02)
 私の部屋のロー・チェスト(高さ45センチ)の上の空間にありました。チェストは二つ並んでいて、あわせて横1660mm、奥行き500mmあるので、この上に高さ850mmのレイアウトを作りました。
 高さだけは空間が天井まであるので、狭い分、高さで大きく見せるようにしました。



(2002/03〜2002/04)
 2001年5月、チェストの代わりにオーデオ用ラックをレイアウトの台にしました。レイアウトまで立派に見えます。



(2002/06〜2006/12)
 サラリーマンを定年退職し、転勤の心配がなくなり、かつ、やっとこさ自宅が持てたので、2002年6月、HOレギュラーゲージの豊後鉄道を壁沿いに建設し、これに合体させました。そして、背景のベニヤ板の絵および左の崖が撤去されました。中央の山の後ろを豊後鉄道がトンネルで通っています。



(2007/01〜)
 レギュラーゲージの豊後鉄道が、ほとんどメンテなしによく走るのに対し、9ミリナローの九重高原鉄道は管理が大変で、ほとんど事実上の運休状態が続いていました。これではレイアウトの意味がないので、メンテが極力不要なレイアウトに変更することとし、2007年1月に完成、現在に至っています。(詳しくは、このページの最下部に記載)


2.コンセプト(旧九重高原鉄道)

 こんな鉄道にしたかったのです。
(1)手放し運転ができること。
(2)ヤードがあり多くの車両が、どれでもすぐ運転できること。
(3)蒸機の元気な時代の、元気なナロー鉄道。

 そんなところから、基本をエンドレスにヤードを持った形状にしました。
 カーブの最小半径は180mm、 最大勾配は30/1000です。カーブ部分ではその抵抗を考え25/1000に抑えました。
 時代、国籍、場所ともよくわからない変な鉄道ですが、名前は「九重高原鉄道」です。 一応、JR久大本線の豊後中村駅から九重山まで走っているナロー鉄道ということにしています。( 「沿線ご案内」参照)
 九重にはもう何回も登りましたが、あの雄大な九重高原に蒸気機関車が走るといいねというイメージで遊びの空間を作りました。


3.建設中の苦労(旧九重高原鉄道)

     ごくありふれた手法で作りましたが、半年ほどで完成 しました。(本当は、こんな小さなのものでも、レイアウトに完成なしです。)
つぎの4点は思いがけず苦労しました。

(1)ポイントマシンの電源

    ポイントマシンはPECO製です。始めは運転用のトランスの 交流部分から電源を採りましたが、確実な動作が出来ませんでした。試行錯誤の結果、どう も電源の瞬間アンペア数に問題がありそうだという見当がついたので、パーツ屋で3アンペ アのトランスを買ってきて付けてみたところ、しっかり動くようになりました。

(2)紙粘土

    この鉄道の見せ場はなんといっても渓谷をまたぐアーチ橋です が、この主要部分は紙粘土で作りました。作るときは具合がいいのですが、悪いことに乾燥 するとすごく縮みます。それが何ヶ月たっても続くのです。 表面の表現だけを紙粘土 にすべきであったと反省しています。

(3)建築限界(車両の大きさ)

    HOeナローの車両の大きさがよくわからないまま、ボールド ウインを基準にトンネル、プラットホーム、切り通しなどの寸法を決めていきましたが、 その後購入したヨーロッパ型の機関車の大きいこと。
完成していたそれらの工作物をガリガリ削り、なんとか通れるようになりました。
(車両の大きさについては、 HOe*1/87*ナローゲージを参照)

(4)カプラー(連結器)の選択

 ナローといえば朝顔型等のリンク式のカプラーが当たり前ですが、リンク式だと 、登り勾配の曲線で推進運転をすると脱線を防止できないことがわかりました。運転本位の当 鉄道としては致命的で、結局、自連式型の"MICRO-TRAINS LINE社"の" 1025"番を採用しました。
   おかげで、カプラーが原因の脱線事故は発生しなくなりました。
しかし、完成品にしても、キットにしても買う車両にはたいていリンク式が付いていたり、 付くように設計してあるので、交換は結構大変な作業になります。

 

4.新・九重高原鉄道の誕生 

 当初満足していたレイアウトも、豊後鉄道の安定した走りに比較して手間がかかり、こちらは次第に走らせなくなっていました。そこで手間のかかる次の3つの要素をなくした、よく走るレイアウトに変更することにしました。

1.ポイント

補助接点を設けなかったこともあり、通電不良になることが多く、走行にストレスを感じる。

2.勾配

3%勾配でしたが、軽量の機関車ではトレーラーを牽いて登れなかったり、登れたとしても登りと下りではスピードが違いすぎるので、運転中、コントローラーのつまみをもっていなければならず、手放し運転が出来ない。

3.トンネル

レール磨きがやりにくいのと、トンネル内で車両が停まってしまうと、引っ張り出すのが大変。

 早い話がこれら3つをなくすと、レイアウトプランは単純なエンドレスのみということになります。
 左の航空写真では民家の裏にヤードが見えますが、本線とはつながっていません。廃線跡ということにして、旧九重高原鉄道の痕跡を残しておきました。
 せっかく作った山や川、アーチ橋などは残しながら改造し、駅前に民家の家並みを作りました。
 レイアウト改造の詳細については「九重高原鉄道再建日誌」のページをごらんください。